「会計ソフトの機能を入れれば75万円控除」は本当? 個人事業主が知っておきたい新ルール

1.「クラウド会計ソフトを使えば75万円控除」という言葉の落とし穴

 令和9年分(2027年分)から、青色申告特別控除の仕組みが大きく変わります。これまでの65万円控除に加えて、新たに75万円控除という区分が設けられることになりました。

 こうした変化を受けてか、最近は「会計ソフトの特別機能を導入すれば75万円控除が受けられるんですよね」「PDFの請求書を取り込んでおけば要件を満たしますよね」といった質問がお客様からありました。SNSやセミナーでも同じような言い回しを見かけますが、私はこうした情報に触れるたびに、少し補足が必要だと感じています。というのも、「会計ソフトの特別機能を使うこと」と「75万円控除の要件を満たすこと」は、実はイコールではないからです。

 制度を整理すると、75万円控除を受けるには、まず65万円控除の要件(複式簿記による記帳と、e-Taxによる期限内申告)を満たしたうえで、さらに①仕訳帳・総勘定元帳を「優良な電子帳簿」として保存すること、または②電子取引データについて法令の定める方法で保存し、帳簿との連携など所定の要件を満たすこと、のいずれかに該当する必要があります。 

 私が顧問先の個人事業主の方とお話しする中で、特に関係が深いと感じるのは①の「優良な電子帳簿」の部分です。今回はここに絞って解説します。確かに、freee会計やマネーフォワード クラウド会計といった主要な会計ソフトの特別機能の多くは、優良な電子帳簿の機能に対応しています。訂正・削除の履歴が残る、仕訳帳・総勘定元帳を電子データとして保存できるなど、システム面の要件は対応したソフトを導入するだけで比較的満たしやすくなっています。なお、これはクラウド型に限った話ではなく、必要な機能を備えていればインストール型の会計ソフトの特別機能でも同様に要件を満たすことができます。その意味で「対応した会計ソフトの特別機能を使うと技術的な要件は満たしやすい」という説明自体は間違いではありません。

 ただ、それだけで自動的に75万円控除の対象になるわけではない、というのが私の理解です。あくまでソフトは要件を満たすための「道具」であり、実際にその道具をどう使うかは、事業主ご本人の運用次第という部分が大きいのです。設定画面で優良電子帳簿のスイッチをオンにしただけで安心してしまう方も少なくありませんが、そこがまさに誤解の入り口になっています。制度の詳細を確認しないまま「導入した」という事実だけで判断してしまうと、いざ申告の段階で慌てることになりかねません。

 

 

2.大事なのは「ソフトの種類」ではなく「運用の仕方」

 私が実務で見ていて感じるのは、75万円控除で本当に問われている のは、ソフトの性能そのものよりも、日々の運用の仕方だということです。

 例えば、年の途中から優良な電子帳簿の設定を始めた場合や、Excelなどで加工したデータをまとめて後から取り込んでいる場合、年末になってから1年分の記帳を一気に行っている場合などは、現状判明している限りでは要件を満たしていないと判断される可能性が高いといえます。設定を途中でうっかり変更してしまい、履歴の連続性が崩れてしまうケースも実際にあります。私が他の税理士の先生から聞いた事例でも、途中まで正しく運用していたのに、年の途中でソフトを乗り換えたことで履歴が途切れてしまい、結果的に優良電子帳簿としての要件を満たせなくなってしまったケースがありました。つまり「機能をONにしたから安心」ではなく、「年初から一貫した方法で記帳を継続すること」こそが、この制度の本質だと私は考えています。

 もう一つ混同されやすいのが、紙の請求書やPDFの請求書の扱いです。75万円控除における「優良な電子帳簿」は、あくまで仕訳帳や総勘定元帳といった帳簿の保存方法に関するルールです。ですから、紙で受け取った請求書や領収書まですべて電子化しなければならない、という制度ではありません。一方で、メール添付のPDF請求書やECサイトでの領収書のように、もともと電子データとして受け取った取引については、電子帳簿保存法に従った保存が別途必要になります。この二つは似ているようで、根拠となる制度が異なりますので、私はご相談を受ける際、まずこの違いを整理することから始めるようにしています。両方をまとめて「電子化すればいい」と考えてしまうと、かえって余計な作業が増えてしまうこともあるので注意が必要です。

 3.個人事業主が今からできる備え

 令和9年分の申告に向けて、私が個人事業主の方におすすめしたい準備の優先順位は次のとおりです。

 まず、e-Taxで期限内に申告できる環境を整え、複式簿記による記帳を正しく行っていること、これは大前提です。そのうえで、対応した会計ソフトの特別機能である優良な電子帳簿機能を活用し、年初から一貫したルールで運用を続けること。そして、電子取引データの保存ルールについても、あわせて確認しておくことです。特に、ソフトの乗り換えや設定変更を検討している方は、年の途中ではなく、できるだけ年初のタイミングで行うことをおすすめしています。なお、優良な電子帳簿の具体的な要件については、今後国税庁からより詳細なガイドラインが示される見込みです。現時点の情報だけで判断を固めてしまわず、正式な取り扱いが公表された際には必ず内容を確認するようにしていただきたいと思います。

 今回の改正は、記帳や申告のデジタル化を後押ししようという趣旨の制度だと私は理解しています。ただし「会計ソフトの特別機能を入れれば自動的に75万円控除になる」という理解のままでは、実際に申告の段階でつまずいてしまうかもしれません。正しくは「対応した会計ソフトの特別機能を適切に設定し、そのルールを年初から継続して運用することで、75万円控除の要件を満たしやすくなる」というのが実際のところです。

 税理士として日々感じているのは、ソフト選びそのものよりも、「正しい運用ルールを最初から作っておくこと」の方がずっと重要だということです。制度が始まる直前になって慌てることのないよう、今のうちから記帳の方法や申告のスケジュールを見直し、少しずつ準備を進めておくことをおすすめします。特に初めて優良電子帳簿への対応を検討される方は、税理士など専門家に一度相談したうえで、自分の事業に合った運用方法を確認しておくと安心です