2028年、非上場オーナーに“静かな増税”が始まる?
目次
1.会計検査院が火をつけ、国税が動き出した—非上場株評価見直しの今
会計検査院の指摘をきっかけに、非上場株式の評価ルールが見直されようとしています。その影響を受けるのは、非上場企業のオーナーです。税負担が増えるだけではありません。問題の本質は、経営の自由が奪われることにあります。
2024年11月、会計検査院は「令和5年度決算検査報告」を内閣に送付し、非上場株式の相続税評価に関する異例の指摘を行いました。2020〜21年分の申告から無作為に抽出した1,600件を検査した結果、「異なる規模区分の会社間で、株式評価の公平性が必ずしも確保されているとは言えない」と結論づけたのです。
具体的には、類似業種比準方式(簡単に言うと類似業種の上場企業の株価を参考に株価を決める方式)による評価額の中央値が約1.2万円であるのに対し、純資産価額方式(時価純資産=株価)による中央値は約4.3万円——およそ4倍近い開きがありました。評価方式の選び方次第で税負担が大きく変わる状態が、長年放置されてきたということです。
この指摘を受け、国税庁は2026年4月に「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」を立ち上げ、本格的な見直しに着手しました。見直しの論点は評価水準の低さだけではありません。グループ内の子会社・孫会社への資産移転による意図的な株価圧縮、無議決権株式を使った配当還元方式(配当額をもとに株価を算定する方法)の濫用、役員報酬として収益を社外流出させることで純資産を削減する手法——こうした「スキーム」の横行も、会議が明示した問題のひとつです。私はこういった租税回避的な「節税スキームモノ」は好きではないですが、気持ちは理解できます。
影響を受けるのは上場企業ではありません。市場価格のない非上場企業、つまりオーナー経営者が経営する会社です。「株価が上がる」→相続財産の価格が増える→相続財産x税率なので「払う税金が増える」ということです。
しかも、日本の相続税は最高税率55%と世界トップクラスの重税です。アメリカでは数十億円規模の非課税枠が設けられているのに対し、日本の基礎控除は3千万円+αのレベルにとどまります。諸外国でも税率の高さと基礎控除の低さは際立っています。同じ企業価値を持っていても、日本のオーナー経営者だけが構造的に不利な立場に置かれているのです。
評価の適正化それ自体は、課税の公平性という観点からは一定の理があります。しかし問題は、そこで話が終わっていることです。「評価が低かったから上げる」という片面だけを進め、「純資産をもとにした株価は担税力があるか」「では重すぎる税率はどうするのか」「承継の仕組みは見直すのか」という議論がセットになっていない。これでは、抜け穴を塞ぐ名目で、まじめに事業を続けてきた経営者に負担を押しつけるだけになりかねません。
2.「現金がないのに税金が来る」—非上場企業特有の苦しさ
非上場企業の経営者が相続・承継で直面する最大の問題はシンプルです。「会社は黒字なのに、払う現金がない」という状況です。なぜそうなるのか。ここで議論されている相続税の課税ベースは「純資産」だからです。工場、土地、設備——こうした資産は帳簿上の価値を持ちますが、簡単に現金化できるものではありません。それでも税務署は、その価値をもとに課税してこようとしているわけです。
黒字経営で資産も積み上がっている。でも手元の現金は潤沢ではない。そこに突然、巨額の相続税が発生する。これが非上場企業の経営者が「承継の瞬間」に直面する現実です。上場企業であれば市場で株を売って税金を払う手段がありますが、非上場株式にはその選択肢がありません。
そもそも、売れない資産に対して現金での納税を求めること自体に、制度設計としての無理があります。収益性の高い優良企業ほど純資産が積み上がり、税負担も重くなる。事業を守り育ててきた経営者が、その成果ゆえに追い詰められるという逆説が、この制度には内包されています。「担税力のないところに課税する」という批判は、単なる感情論ではなく、税制の原則論からも正当な問いかけです。
この問題に対応するために設けられたのが、「事業承継税制」です。一定の条件を満たせば、相続税・贈与税の納税を猶予・免除する制度です。ただし、ここに大きな落とし穴があります。
3.救済のはずが「監獄」になる—そして、改正は今こそセットで議論すべきだ
事業承継税制を一言で表すなら、「自由を失う代わりに、税を先送りする制度」です。制度を使うには、5年間の代表継続と雇用維持が義務づけられます。さらにその後も、3年ごとの報告が求められます。実質的に一生涯、条件付きで縛られ続けます。そして、一度でも条件を外れれば、猶予されていた税金が一括で請求され、利子税まで加算されます。
会社を売りたくても売れない。畳みたくても畳めない。その選択が、制度に入った瞬間からほぼ封じられます。ミスをすれば終わりで、顧問税理士も一蓮托生でミスに対する賠償責任の対象になります。まず個人事務所では受託しにくい案件となります。
欧州では、一定期間の事業継続を条件に税金が免除される仕組みが整っています。「ゴール」が明確にあるのです。一方、日本の制度にゴールはありません。経営者が生きている限り、条件は続きます。これが「監獄」と呼ばれる理由です。
現行の事業承継税制は、救済制度というより「管理制度」=監獄と呼ぶほうが実態に近いかもしれません。免除ではなく猶予。出口ではなく、縛り。経営判断の自由を差し出すことで、ようやく税の先送りが認められる。これは経営者に対する支援というより、国が事業継続を強制するための道具として機能しています。欧州との比較で言えば、日本は「ゴールのないマラソン」を走らせ続けているのです。
だからこそ、2028年改正において非上場株式の評価を見直すなら、事業承継税制の抜本的な改正は必須です。評価額の引き上げだけを先行させることは、経営者に二重の負担を課すことになります。少なくとも、猶予から免除への転換、報告義務の簡素化、M&Aや第三者承継を選んだ場合の税制上の扱いの整備—こうした見直しが同時に進まなければ、改正は片手落ちと言わざるを得ません。
今回の改正が意味することは、単なる増税ではありません。株価評価が引き上げられる中で、制度を使わなければ税負担が重くなる。しかし制度を使えば経営の自由が縛られる。どちらを選んでも、経営者にとって厳しい選択です。だからこそ今、すべきことは明確です。承継を「税務の問題」として後回しにするのではなく、「経営戦略の問題」として早期に設計することです。株式構造や資産構成、グループの再編は、将来の税負担に直結します。また、親族承継だけを前提にするのではなく、M&Aや外部資本の導入も選択肢として持っておくことが、経営の自由度を守ることにつながるのです。

