なぜまじめな人はスキルをいくら磨いてもダメなのか?

1.スキルがあってセンスがない

 いろいろな事業を支援させていただいているのですが、皆さん「役に立つ」モノやサービスを競っている方多いです。いかに競合より役に立つかを競っているわけです。しかし、その競争で本当に勝ち残れるのでしょうか?確かに「役に立つ」レベルが医薬品のガンの特効薬のように命を救うといった劇的なレベルであれば話は別ですが。私の見るところいくら役に立つを競っても使う側から見ると区別がつきにくく、結局値段か営業の力などで決まっている気がします。そうすると結局は体力勝負、大企業に比べると一般的に中小企業は圧倒的に不利になってしまいます。このあたり、自覚していただけないと何とか生き残るけど、パッとしない感じのままです。自分自身も振り返ると正直ハッとします。

 そういったところでは以前読んだ「仕事ができるとはどういうことか」楠本建さんと山口周さんの対談の世の中の「役に立つ」から「意味がある」への変化について書かれていることがが心に響きました。私なりにこの本を読みながら考えてみました

 2.「役に立つ」と「意味がある」の違い

  世の中の「役に立つ」から「意味がある」への変化とはなんでしょうか。 車の世界で、マトリックスで役に立つx意味があるの4象限で見てみます。 日本の一般的な車は「役に立つ」ということでは究極を極めたといえるかもしれないです。しかし、一部を除くと「意味がある」車は少ないです。意味があるとは所有による豊かさや充実感をえられるということです。

 フェラーリやポルシェなどは役に立つかといわれると?です。私も友人のポルシェに乗ったことはありますが、2人しか乗れないわりに車もでかく
て、高速でスピードは出るかもしれないですがそのまま本当にスピード出すと確実に一発免停です。その友人は夜の東北自動車道をかっ飛ばして一発免停をくらっていたことがあると苦笑いしていました。ただし、ある程度のスピードが出るときには独特の加速感覚がありますし、本人は奥様からくだらない道楽といわれても充実感は得ているようです。

 一方私は国産の小型車です。近所のお出かけと駅から離れている工場や事業所に乗っていくものなので変に高級な車より役に立つという利便性です。確かに豊かさや充足感は感じませんが別に私は車にそれを求めていないのでかまいません。 こういった感じで役に立つと意味があるモノがあります。役に立つ車は200~300万程度ですが、意味がある車は1000万~です。

 要するに役に立つだけだと差別化できていると本人は思っていては購入側にとっては大して変わらず結局はコモディティ化しやすいですが意味があるだと、それに対し人々はそれに応じたお金を払います。 サービスだとスキル、モノだと機能で勝負しても結局すぐにコモディティ化してしまいます。機能やスキルを磨くと確かに役に立つのですが、機能やスキルだけで勝負しようとするとすぐにコモディティ化してしまいます。

 サービス業やコンサルや講師などでも最新のスキルはどんどん取り入れて「役に立つ」ことを競い合っています。モノでもどんどん技術開発で機能をつけて便利なモノを提供して競争しています。しかし、本当は「意味がある」部分に入っていかないといけません。「意味がある」もの、サービスを生み出すためにはどうしたらよいのでしょうか?これがセンスなのでしょう。ではセンスについて少し身近な例などで考えてみます

3.センスを身につけるには

 難しいのはスキルは勉強すれば身につきますが、、センスは誰かが教えてくれるわけではないです。センスは生まれつきない奴は一生ダメなのでしょうか?センスがないといくらスキルがあってもダメです。お客様の心をとらえないと素晴らしいスキルも単なる宝の持ち腐です。正直、税理士の同業者でも仕事のセンスが何となくよくないと感じる方もいて、記帳と申告を自動的に行うシステムが開発されたら確実に淘汰されてしまうと思われます。

 スキルは自分で勉強する、セミナ―に出席するなどで身に着けることができます。それこそ税理士資格、英検1級などわかりやすいです。しかし、「仕事のセンス身につけなさい」など言われてもそもそも何を目指してどうすればよいのかわからないです。そうするとまじめな人ほどやたらとセミナーや資格講座などに出て、スキルをつけまくってしまうことがあります。

  多分、お客様があなたからモノやサービスを購入するのは実は信頼性や安心感、何となくこの人、この会社だと任せらるれといった感情ではないでしょうか。センスがある人はこういった感情を呼び起こす人ともいえるでしょう。センスがある人の思考様式はどう違うのでしょうか?

 センスがある人は全体感を見ながら抽象化と具体化を繰り返すことができ、それによって、根本的な問題点を発見し解決することができるのではないでしょうか。「根本的な問題点」英語だとroot courseです。センスがダメな人はあれが問題だ、ここを改善しなければと騒いでひたすらモグラたたきをやっています。センスがいい人はさまざまな問題と思われる事象を頭の中で抽象化して、要するにこれだと仮説をたて、そこから具体的な解決策を出していきます。この解決案をモノやサービスの形で提供しているのです

 こういったことが、ただあれが問題、これが問題と騒ぎ立てる、よくわからない機能をごたごたつけるではなく、結果的に安心感と信頼性をお客様に与えるのではないでしょうか。

 言うは簡単、行なうは大変ですがこういった抽象化と具体化といったことを地道につみ重ねていきたいと自分も思います。