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大学の教養課程なんていらない

2017.07.24

「教養としての世界史」の画像検索結果

先日木村凌二氏の「教養としての世界史の読み方」という本を読みました。ここでの話は本の内容ではなく木村氏が前文でおっしゃられていることです。最近世界史や日本史について書かれた本は比較的経営者やビジネスマンの間で静かなブームになっていますが実は歴史家(「実証史学の訓練を受けた狭義の研究者」)によって書かれた本がほとんどないということです。一方で早稲田の国際教養学部において語学力はあるが「教養」に乏しい学生に危機感を抱かれています。「愚者は経験に学び賢者が歴史に学ぶ」(ドイツの鉄血首相ビスマルク)と言われるように例えば歴史、特に世界史などは国際的に活躍する人間の教養として非常に大切だと私は思います。

一方で少し前に冨山和彦氏が文科省の有識者会議でL型大学とG型大学に分け、旧帝国大学と早慶などの一流大学以外はアカデミックな教育は止め職業訓練に専念すべきという議論を提起して話題になりました。どちらかというと「Fランクの大学なんていらない!」などL型大学の議論の方が話題になりましたが、私はG型の方を取り上げたいと思います。実は日本に本当のG型大学はあるのかということです。大学では1~2年生では大部分が一般教養と語学で、少し専門科目を必修として行う形態です。全く模範的な大学生ではなかった自分が申し上げるのはやや僭越かもしれませんが、私にとって一般教養と語学は全く使い物にならないものがほとんどでした。例えば世界史的な授業があっても「ササン朝ペルシャにおけるネストリウム派キリスト教徒」のような非常に狭い範囲かつマニアックな内容(イメージ例で実際に存在しているかは問わないでください)を大教室で教授が一方的に話すだけです。試験で問われる能力は如何に自分で咀嚼して自分なりの考えをきちんと持っているかではなく、いかに教授の見地を忖度して答案用紙に書くかという「忖度能力」が問われるだけです。少し戻って木村氏のおっしゃることを考えると、かなりの数の大学教授の方が狭い自分の領域にこもってそこから出て行こうとしない現実が伺われます。木村氏のように専門がローマ帝国史であっても、そこから世界史を俯瞰してどのような影響を与えたか、世界史での位置づけ考えていくようなアプローチであれば歴史を学ぶという意味があります。

まとめると、現状のような教授が狭い自分の専門領域を一方的に話すだけの一般教養は全くの時間の無駄だと思います。これはL型大学だけでなく、G型においても同様です。一定の領域が専門でその部分を中心に授業を行うのは仕方ないとは思うのですが、全体としての学問の中での位置づけをはっきりさせ、学生にその意義や意味を議論させて自分の頭で考えてもらわないと身に付きません。そして、自分の学説以外は一切排斥するような心の狭い態度は教育者として失格だと思います。このような仕組みができないとG型も絵に書いた餅になりそうです。

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教養としての世界史

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豊田真由子氏の暴言はエリートの傲慢か?

2017.06.26

toyoda

確かに豊田真由子氏の暴言の一部始終の録音は衝撃的でしたが、桜蔭→東大法学部(ハーバード卒)→厚労省→国会議員といったエリートゆえの傲慢といった話の展開には違和感を覚えます。どちらかというと弁護士の住田裕子氏がおっしゃていた「でも、私から言わせたら超エリートではなくて、準エリートぐらいの人ですね。厚労省に(同期は女性)1人ですけど、本当にそこに入りたかったのか、本当に福祉をやりたかったのか私は疑問です。その後の道のりを見ても、次官コースの超エリートではない。どっかで物足りないものがあったので、政界に転身したのではと、同じ東大だから思うんですけど。」「彼女としては、順風満帆に見えつつも、内心でいろんなたまりにたまったものがあって、選挙のときのも必死なのでドブ板やって、だからちょっとしたミスでもああやって八つ当たりしてるんだなって思いました」という方が本質を表していると思います。

ある程度日本の場合こういった「偏差値的単線価値観」がどこかしこにあって、それにとらわれすぎると不幸になってしまう気がします。「偏差値的単線価値観」でいうと大学は東大>早慶上智>GMARCH>日東駒専・・・>Fランク、東大内でも文系は文I>文II>文III、官庁も財務・経産・総務・警察>厚労・国土交通>その他、国家公務員I種合格で入省しても事務次官>局長どまり>審議官どまり>課長どまり、国会議員になっても総理大臣→大臣→副大臣→政務官→平でしょう。彼女の場合最初の2つでは最高の序列ではありましたが(東大&文I)官庁では第2ランク、おそらく入省後も、事務次官は無理で局長レベルも難しく国会議員の道を選んだのではないかというのが住田氏の見解でしょう。「偏差値的単線価値観」にとらわれればトップ中のトップの財務事務次官や経産事務次官以外はみな敗者でどこか物足りないものを持って生きていかねばなりません。

こういった「偏差値的単線価値観」は別に東大卒だけが持っているわけではありません。日本ではいたるところに存在しています。例えば証券業界でもざっくりいうと野村>大和・日興など大手>準大手・・・などがありますし、どの企業でも社長>役員>部長>課長・・・などがあります。以前ある準大手の証券会社の役員の方と新しい事業方針の話をしていましたが「それは大手さんがまだやっていないのでうちではまだ早い・・・」のような話がでてきていました。別にこういった「偏差値的単線価値観」を抹殺する必要はないのですが、それにとらわれるのは不幸だと思います。私はどうなのかというと元からこのような「偏差値的単線価値観」からは離れていた気がしますが、実はとらわれていたことに気づきました。外資系にいた際は年収にとらわれていて年収が高い=能力が高いと年収をあげようとあくせくして、仲間うちでは「年収の高い方が偉い」みたいな価値観がかつてあった気がします。私自身は当時からお金のかからない人間で高級車にも乗っていないし、家は練馬で安住し、別荘なども求めませんでしたが年棒交渉で年収が上がらないとイライラしていました。

こういった競争が空しくなったことも一つの独立の要因ではありましたが、「偏差値的単線価値観」からは完全な落伍者でしょう。しかし、「偏差値的単線価値観」からはほぼ逃れて精神的には安定し豊かになった気がします。家族にも「いいパパになった」といわれました。当然売上を上げようとか利益をもっと上げようという考えはありますし、多少仲間と比べることはありますが、売上が多い少ないといった「偏差値的単線価値観」だけでは判断していません。自分の物差しが「お客様や仲間をどれだけ幸せにしたか?」「お客様の社長だけでなく社員も幸せ」「社会的貢献はどれだけある」「家族が幸せ」など複線的でかつ偏差値的でないものになったと言えると思います。

組織の中でもある程度の序列があるのは仕方がないことなのですが、きちんとしたレベルの仕事をしている方は尊重されるような仕組みが大切でしょう。例えば優秀な研究者を管理職としては優遇しないがフェローなど称号を授けて尊重するなどは一つの例だと思います。個人の心がけとしても「偏差値的単線価値観」だけでなく「複線的かつ多様な価値観」を持つことが大切でしょう。豊田真由子氏も経歴を見る限り優秀な方であったとは思われますから「偏差値的単線価値観」から脱出して多様な価値観をもって国会議員をされていればその能力を社会のために発揮できたに違いなく残念なことだと思われます。

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どこかピントがずれている少子化対策

2017.06.16

nersary

待機児童解消は5兆円以上の経済効果があると野村総合研究所が試算したようです。働く保護者が増え消費を喚起するからだそうです。今朝の日本経済新聞の記事でも育児支援はコストではなく将来の投資であると載っていました。基本的な考えは賛成です。私事ですが我が家はほぼ子育ては終盤で直接恩恵を受けることはないとは思いますが、日本の将来を考えれば何かしらの負担をすることは構いません。

しかし、こども保険のように単にお金を配るやり方は賛成出来ません。単なる子育て支援というよりも女性、特に働く女性が安心して妊娠、出産、育児ができる環境をしっかり整えるということが根本かと思います。今は比較的所得が低い層は認定保育園も入りやすいし、補助もあってほぼ無料のケースが多いようです。しかし、所得中間層以上のキャリアのある程度高い女性は認定保育園は入れにくいし、かつ地位に伴って仕事のプレッシャーも強く夜間の保育も頼まねばならず、月10万以上の負担の方も少なからずいます。こういった層に月5千円~2万5千円程度のお金を配っても、ないよりはましですが所詮焼け石に水だと思います。介護施設も同様ですがすべて制度は低所得層には非常に手厚いのですが、そこから中間層(含む低中間層)からいきなり負担や手間が格段に大きくなり非常に厳しい制度になります。子育て費用についてすべて無料というのは今の日本の財政を考えれば難しく「ある程度」所得に応じて負担は必要でしょう。ただし。これは「ある程度」であって、現在のようにいきなりある一定以上の所得から月10万以上の負担かつ遠方まで子供を送迎が必要といった過酷な環境は改善する必要があります。

そのため、受益者である子育て世代だけでなく供給者の保育施設側にも配分が必要だと思われます。私は、社会福祉法人の監事などをやっていますが、自治体の方針は「カツカツで運営しなさい」です。収入はほぼ定員充足率100%に近くないと赤字に転落する程度に制限されています。私もたまに現場を見学しますが自由奔放な幼児をたった数人で見なければならない保育士というのは相当重労働だというのは見ただけでもよくわかります。それなのに低収入で経験を積んでもあまり給料が上がらないというのは気の毒ですが逆に経営側から見ると経営がカツカツで昇給ができる状況でないのはわかります。

まとめると「少子化対策に対する効率的なお金の使い方」をしてくれるならば負担するのは全く異存はありません。しかし、砂漠に水を撒くような現状のようなやり方では賛成はできないですね。

 

息苦しいあら捜し社会と岩盤規制

2017.06.09

kakei

新聞やテレビを見てうんざりするのは加計学園問題です。主な問題が官邸が圧力をかけたとか、告発者の私生活だとかになっておりいわゆる「あら捜し」になっているからでしょう。私は獣医学部が獣医師会の反対で50年設立ができなかったという「不作為」の方がよほど根本的な問題のような気がします。獣医師会が平成22年8月に出した加計学園の認可に対する反対書を読んだのですが適切な需給政策と質の確保の観点から反対という趣旨の根拠が(私が頭悪いせいかもしれませんが)全く意味が分かりませんでした。私なりの乱暴な解釈をすると「どうせ獣医学部を増やしても地味でかつ不足している家畜の獣医や地方公務員ではなく、都会で儲かる小動物のペット獣医に行ってしまうので無駄だし、せっかく今儲けているペット獣医が競争厳しくなるのは嫌だ」ということなのでしょう。同じことが医学部にもいえ、確か国際医療福祉大学は38年ぶりでこれも医師会の反対で設立が危ぶまれていました。医師も地方や労働条件の厳しい小児科や産科は人気がなく偏在が激しいです。このような業界団体と政治家と役所が鉄の三角形を組んでいる、そしてその結果困っている人々がいるそういった分野について国会で議論してほしいです。加計学園設立ではざっくりいうと困るのは四国中国でのペット獣医くらいで特に困る人はあまりいないと思います。

民主党も同じ安倍政権を攻撃するならばこんな国全体から見れば些細な事項ではなく、逆に岩盤規制を温存している「不作為」を攻撃して、「自分たちならこうする」といった対案をきっちり出せば心ある人は支持をすると思うのですが。

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高齢者優遇そろそろ限界では?

2017.05.29

roujinn

 

朝の日本経済新聞で厚労族の重鎮の尾辻秀久氏が「高齢者優遇」ということに対して反論しています。骨子は以下だと思います。1)国民負担率を考えるともともとの負担が低かった。高齢化社会を考えれば消費税を20%まで上げて給付を厚くすべき2)日本人は技術料のようなものにお金を払うのは嫌いだ。医者は薬代で設けないと取り分がなくなる 3)こども保険については加入者が払った保険料が戻ってくるのが保険であり子供を産まない人から保険料を取るのは保険とは言わない。

1)について、消費税20%が適正かどうかはともかく、もともとの負担が低かったというのはうなずけます。さっくり今70歳の方は払った保険料の5倍を受け取っています。ただ、国民負担率という考え方は私にはなんとなく納得感のない気持ちの悪い数字です。よくヨーロッパは高負担高福祉で米国は低負担低福祉、日本はどちらの道を選ぶのかとよく言われます。基本的には税負担を国民所得でわったもので日本は43.9%、アメリカは32.5%、ドイツは52.6%でスウェーデンは55.7%です。確かに日本はヨーロッパと米国の中間です。この分子のうち、消費税以外は「所得」x掛け算のものが多いので分母、分子に両方数字が入っているのですが、国民所得の計算からは消費税は完全に除かれます。例えば国民所得の計算で108円(税抜100円)で仕入れたものを216円(税抜200円)で販売した場合、カウントする部分は108円(216円-108円)ではなく、税抜きの100円(200円-100円)です。要するにこの式だと消費税など間接税の高い国の国民負担率が自動的に高くなりやすい式のように感じます。まとめると日本の負担率が高いか低いかは今一つ不明でそれをもとに現在の給付維持せよというのはいまひとつ納得はいきません。

3)については「保険料」を払っても子供を産まないと思っている方、私のようにほぼ子育てを終えようとしている人は保険金が返ってくることはありません。したがってそれは「保険」ではないというご意見はその通りだと思います。ただ、「保険」という名称は気に食わないですが何かしら我々の未来の世代に対しバラマキではなく効率的に使われるならばお金を納めることは個人としては納得しています。

2)は「日本人は技術料に対しお金を払うのを嫌がる」ことは確かですがことと健康と命がかかっている医療は例外で医療費の「技術料」を見て高いとクレームをつける人はほとんどいないと思います。いまさら医師に薬価差益で儲けてもらう必要は全く感じません。いろいろな士業や師業の中で医師の世界が規制に守られた最後の聖域な気はします。確かに生命と健康を守る大切なお仕事なので規制はある程度必要だと思いますが、日本医師会と族議員のごり押し的な政治力はうんざりするものはあります。

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なぜ起業する人は日本で少ないか?

2017.05.22

kigyouka

今朝の日本経済新聞一面で「走り出す起業家4億人」という連載が始まりました。特に目新しい話ではないですがやはり具体的な数字を並べると非常に衝撃的です。中国やインドでは1億人程度の起業家が誕生しているのに対し、日本ではたったの350万人です。2ケタ違います。開業率も5%と欧米諸国の10%台に比べ圧倒的に低いです。どんどん変化の速い時代、小回りの利く起業家がどんどん生まれていかないと国の成長は鈍くなっていきます。特に少子高齢化の日本では起業家の誕生は必須だと思われます。

よく日本は起業するにあたっての手続きが面倒なので簡素化する必要があり、それが阻害要因になっているという話を聞きます。確かに法人設立に当たっては法務局、税務署、地方自治体、社会保険事務所、業種によっては様々な許認可など面倒な点はありますが、ほとんど専門家が代行してくれますし、結構競争が激しくその報酬もどんどん下がっています。創業資金についてですが、常識的にまともな事業計画が書ければ政策金融公庫や自治体の創業資金は好意的に取り扱ってくれハードルはさほど高くはありません。創業事業計画の作成のサポートも起業に強い税理士や財務系の専門家が十分サポートしてくれます。ということで基本的な「起業」のハードルはさほど高くはないと思います。

私の感覚としてはなんとなく起業して成功している人に対し社会が冷たいということは挙げられます。先日ある女優がIT企業の創業者と結婚するというニュースが出ましたが、そこでクローズアップされたのはその創業者の隠し子が何人だとかいわゆる「起業して成功=胡散臭い人物」という方程式を当てはめ気味です。広告費の関係もあるかもしれませんが有名な大企業の経営者でもバツ4で手当たり次第に女性に手を出すことで有名な方とかいますが、とりあえずそのような方が叩かれることはあまりありません。学校でも最近社会人をよんで講演してもらうなど職業教育なども始まりましたが、日本の大学教授とかサラリーマン社長など、ほぼ着実にレールの上をはしって成功した「きちんとした人」が選ばれており、地元の起業家が呼ばれることはほとんどありません。処方箋は見つかりませんが、やはり教育の中で起業家教育というのは入れてもいいのではないかと思います。このあたりから地道に始めていくのが実は急がば回れかなと思っています。

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大学新テスト英語に民間検定試験 -英語が苦手な人間から見た英語教育

2017.05.17

gaijin

文部科学省は2020年度から「大学入学共通テスト」を導入する予定で、その中で英語は民間検定試験を活用すると発表しました。TOEICなど10種類の民間試験から大学入試センターが基準を満たすものを「認定試験」として選定し2回までの受験を可能とするとのことです。単純に考えると英語圏の大学の外国人入学の物差しであるTOFLEあたり使えば良さそうですが受験料が230ドルと高額で、わりと問題や単語に学術的なものが多くクセがあり、高校の英語の授業内容変えないと喜ぶのは予備校だけになると思われます。個人的にはTOEICは割と出る単語や内容などがわかりやすく対策が楽な気がしますが、一方でビジネス的な内容が多いのであまり学生には適さない気はします。一応各検定の換算値はありますが、自分の体験からしてもTOEICが100点上がってもTOFLEはほとんどあがらなかったこともあり、あまりあてにならない気がします。ただし、大学受験の英語に比べると民間の試験の方が英語力を測るという意味では普遍的で優れている気はします。

さて私ですが、仕事では海外がらみの仕事もあり、現地や電話・ビデオ(スカイプ)会議などで英語は日常的に使っていますが、実は高校時代圧倒的に成績が悪かったのが英語で、社会人になって必要性にかられて英語の勉強をはじめた英語は苦手なタイプです。したがって英語は嫌いで、学生時代は一回も英語の検定試験を受けたこともありません。例えば英検などは社会人になり受験した1級以外は持っていませんし、学生時代受験したこともありません。ただ、そのような自分の転機がある大学の授業での教授の言葉でした。テキストは英語で500ページくらい、1回に30ページくらい読んでこなくてはなりません。英語が苦手な私はあきらめかけていたのですがその教授から「逐語訳しようとするからできない。英語で大意を把握するように読みなさい」といわれ、とりあえず調べる単語は最小限にして、英語で頭に入れるようにしました。それが苦手意識が払しょくされてきた発端な気がします。

英語を勉強することの喜びのことの一つは翻訳ではなく原文で読めることです。一方、受験で出る英文和訳などではとにかく難関な長文を逐語訳をしないとならず、うんうん考える感じで喜びは感じません。逆に逐語訳する癖がつくと読むスピードが極端に落ちてかえって大意は把握できない気がします。むしろ逐語訳は英語を読む障害になるような気がして仕方がないのです。これはあくまで私見ですが妙な長文の英文和訳の試験は確かに差が付きやすく採点もしやすいのですが、英語力の向上には逆効果だと思います。これは一例ですがこの機に受験英語というものを「差をつける」ではなく「日本人の英語力を伸ばす」視点から再検討する必要があるのではないでしょうか

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商工中金の不正融資

2017.05.10

shoukou

 

商工中金が国の制度融資を不正にかさあげした問題で業務改善命令を財務省・経済産業両省が発令しました。リーマンショック後に創設した「危機対応融資」を不当に膨らませていたと日本経済新聞が報じています。この「危機対応融資」は「政府の指定を受けた金融機関が中小企業に必要な資金を貸し付け利払費を支援する」ものですが「財源は国がまかない資金繰りが悪化した中小企業に担保なしでも融資する」もので要するに税金です。

大きな組織ですからたまには悪用する人間が出るのはやむを得ない面は通常あるのですが、新聞で見る限り組織的な行動のように読めます。全体の1割の調査だけで100人規模の関与と815の不正行為が発覚しています。そして手口が取引先の財務資料を書き換え、売上高を小さくするなど業績が悪化しているように見せかけたと書かれています。不思議なのは財務資料の書き換えという手口です。通常金融機関は融資の際、税務署に提出した税務申告書の提出を求めます。通常融資審査資料を改ざんしたとしても決裁者は当然税務申告書と売上や利益などの少なくともチェックしますからそこで発見されます。つまり想像するに決裁者レベルの積極的な関与があったと考えられます。会計士的な見方であれば内部統制が全く機能していない組織と言えます。また、金融機関で組織的に審査資料を改ざんして不正融資をし、かつ税金がそれに投入されていたということでしたら(刑法上は法律の専門家ではないのでわかりませんが)明らかな犯罪行為にしか感じません。

そして、新聞が伝えることによれば危機対応融資残高は商工中金の融資残高の32%を占めるようです。そして、社長は元経産省次官の安達健祐氏で、今回の大規模な不正によっても辞任はしないようです。いわゆる役所が補助金を作る、その補助金で政府系機関が仕事を作って、そこにその役所から天下るという非常にわかりやすく残念な三角形ができています。おそらく辞任しない理由も個人的にしがみついているのではなく、天下りの指定席が失われる省益重視ではないかと想像されます。私は高級官僚の方が第二の人生でその能力を活かして高収入を得ることはむしろ素晴らしいことだと思っています。しかし、一方で税金を使って高収入を得る巧妙な天下りシステムを作ることがまだまだ多く、信頼性を失っています。特に補助金・助成金がその温床となっているのではないかと疑っています。そのためにも会計検査院などの補助金・助成金監査方式にもうすこし、公認会計士や外部有識者の視点を入れて変えていく必要があるのではないでしょうか?

 

中高年の食生活について -プチ断食体験記

2017.05.01

diet

GWですので少し肩の力の抜けたお話です。週末プチ断食をしました。土日に酵素水という植物発酵エキスの入った飲料以外、あと水のみで2日間過ごしました。以前体験している知人から勧められたこともあります。その方から①体の調子がよくなって食生活に気を付けるようになる②断食中結構頭が冴えていろいろなアイディアが浮かんでよかったときき行いました。これは四谷の心身健康クラブのダイエットコースの一環です。栄養を正しく摂りながら、トレーニングで筋肉をつけて痩せる、中高年に理想的な「食べるダイエット」を行います。何度かダイエットはチャレンジしたのですが結局リバウンドしてしまったので、健康的に痩せたいと思いました。

トレーナーさんからは2日間ゆったりと過ごしてくださいということだったので比較的アポイント等の入っていない土日にしました。ただ、日曜日の午後1つ打ち合わせを入れていました。これはお互いの予定がこの日しかなかったためとやはり軽く見ていたことです。これは後で後悔することとなります。初日、5月以降の自身のマーケティングプランを考える時間にあて、結構順調にすすみました。しかし午後からお腹がクウクウなりはじめ少しイライラ、能率は少し落ちてしまった気がします。夜お腹がすいて眠れないのではないかと心配でしたが意外にすっきり寝れました。どちらかというと夜はなんだかだるくなってしまいごろごろしているうちに寝てしまったという感じです。

2日目朝起きて体もだるいし頭も重いです。何もやる気が起こらず仕事をすることはあきらめまゴロゴロしていました。週末でもゴロゴロしていることはあまりないので妻もどうしていいのか戸惑っています。明らかに邪魔そうなので図書館に行っていました。本を読んでいるとどんどん頭が痛くなっていました。午後アポイントに出かけましたが一種のブレインストーミングにもかかわらずあまりいいアイディアは浮かびませんでした。Mさんすみませんでした。上記の②断食中結構頭が冴えていろいろなアイディアが浮かんでよかったというのは私の場合あまりあてはまらなかったようです。

さて2日間の効果としては体重は約2kgへり、確かにすっきりした感じです。多少後半体調が悪くなりましたが、おおむね少しくらい食を抜いても大丈夫ということがわかりました。アポイントとかの都合で昼ごはんなど食べられないとイライラして夕方ドカ食いをしてしまうのですがそういったことは止めようと思いました。また、私は食べるのは好きな方なので食事のありがたみを改めて感じました。一方、毎回の食事についてはトレーナーさんに送り、朝晩ほぼ同じ時間に体重を計測するいわゆるレコーディングダイエットをやっていますがこれはいわゆるPDCAだと気づきました。P(何を食べるか決めて)、D(実際に食べる)、C(体重、トレーナーによる食事チェック)、A(Cを踏まえて新しい行動を考察)です。私は恥ずかしながら個人的に食い意地はっている方なのである程度PDCAを回さないと自動的に肥えてきます。かなり個人差はあるかと思いますが、少なくとも中高年で標準体重よりもかなり超えてしまったいる方はこのPDCAはある程度意識したほうが良いかと思います。私にとってはけっこうつらい2日間でしたが食生活を考える良い機会であったと思われます。

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優秀な女性は子供を産むな!

2017.04.28

nersary

私の周りの話で別に統計的に立証されていることではないですが、なんとなくきちんとキャリアを持っている優秀な女性ほどお子さんがいなかったり、せいぜいいても一人なケースが多いような気がします。当然本人の主義として子供をつくらないのは構わず、別に「女性は子供を産むべきだ」などという価値観を押し付ける気はさらさらありません。問題なのは本当は子供が欲しいのに社会の状況によってつくれないケースです。会社側の働き方の問題は結構当ブログでも述べてきたのでこんどは保育側の問題を上げてみたいと思います。

私の知っている起業家で奥様がメガバンクの銀行員という方がいますが、お子様を保育園に入れる際は苦労したそうです。自営業というのは自由きくから受け入れの優先度が下がるからだそうです。成功されている方なので年収も高いでしょうし、より難しかったと思います。確かに自営業はある程度は融通が利きますが、毎日のこととなると収入を直撃することも多々あります。このあたりが所詮事業をやったことのないお役所の感覚だとため息が出ます。たまたま、この型の場合経営コンサルタント出身でしたので戦略をたててうまくいきましたが(この話も興味深いのですがご本人の承諾を得ていないのと本論から外れるので割愛します)、そうでなければメガバンクの奥様はキャリアを中断せねばならなかったかもしれません。

さて、これも決めつけるわけではないですが優秀な女性の配偶者は非常に優秀で高収入なケースが多いです。非常にわかりやすい例で見てみます。①夫 東大卒(30歳)メガバンク勤務 年収800万 妻  一流大卒(28歳)外資系メーカー勤務 年収800万 ②夫 30歳 中小企業勤務の社員 年収300万 妻28歳 派遣社員 年収240万だとすると保育園の受け入れ側の優先度とするとおそらく②>①です。確かに②のご家庭で妻が働きに出ないで夫の収入だけで暮らしていこうとすればかなり苦しいため理解できます。しかし、①のような20代で年収800万を稼ぐような優秀な女性のキャリアが中断してしまうことの社会的損失も大きいのではないでしょうか。①の場合収入もあるのだから認可保育園が無理でも無認可に入れればいいという声もあるかもしれません。しかし、非常にある意味不平等だと思うのは無認可保育園は一般的にインフラも貧弱なのに料金は高いことです。子供を雑魚寝させているようなところもあり、死亡事故も発生しており質的にも不安な部分が残ります。そういった意味で優秀な女性の方が子供を産む潜在的ブレーキになっているのではないかと思われます。日本はいつも思うのですが中間層より少し上の人たちは別に富裕層でもないのに非常に割を食っている気がします。保育の場合、負担は大きいのにサービスは低いわけです。

私はアメリカの殺伐とした平等主義はもろ手を挙げて賛成はできないのですが少しみていきます。アメリカで感じたことは「金持ちの子だくさん」です。アメリカは日本とは違った意味で平等でお金を多く払えばそれだけ良いサービスをほぼ確実にえれます。私はアメリカで働いていた頃、妻が妊娠していたこともあり上の娘をナーサリー(保育所)に預けていました。このあたりはっきりしていて安いナーサリーは極端な話アパートの一室で雑魚寝の託児所ですが、高いナーサリーは様々なアクテビティーがあるしっかりとした教育機関です。会社の紹介でコーポレートディスカウント(社割)が効きますが、朝9時から5時まで預けると月20万を超えるのでさすが週3回にとどめました。しかし、きれいな園庭があり最初は泣いてばかりしていた娘も行くのがすぐに楽しみになり、きれいな英語も話すようになり非常にいかせてよかったと思います。一方、確かにいえることは親は多国籍企業の管理職や弁護士、医師などの専門職、会社経営などがほとんどで年収の多様性は全くありません。ただし、日本と違い年収が少しでも高いと選択肢が少なくなる(またはなくなる)のではなく、逆に年収が増えれば選択肢は増えていくわけですから金持ちの子だくさんになるわけです。

アメリカ的な殺伐とした平等主義をまねる必要はないのですが、日本のように変に公正が幅をきかせるのも目に見えない社会的損失は非常に多いと思います。今のままだと「優秀な女性は子供を産むな!」です。年収が低い人は無料で高い人は高い額を負担するという形は構わないとは思いますが、認可保育所の入所自体に差をつけるのは非常に問題だと思います。さすが国レベルで行うのはまずいと思いますが、市や区レベルではむしろ優秀な女性の子息は入所合格ポイントを高くする自治体があっても良いくらいだと私は思いますが。

 

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