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かぼちゃの馬車と融資トラブル

2018.05.09

 

 女性専用シェアハウス「かぼちゃの馬車」をめぐるトラブルでスルガ銀行の不正関与が焦点となっているようです。もともとはかぼちゃの馬車運営会社が賃料を保証してスルガ銀行が融資する一方、物件所有者が運営して賃料と融資返済額の差額がもらえるといったスキームですが、運営会社が倒産して約束した賃料が払えず、融資の返済だけが残ったという結末です。確かに世の中「濡れ手にあわ」的な絶対もうかる方法などはないわけでこれに引っかかる人の自己責任と言ってしまえばそれまでですが、銀行の責任はないのでしょうか?

 似たような例としては、私は割賦販売法の個別クレジット会社の加盟店の勧誘行為に関する調査義務の項目を思い出します。よくXX回払いで販売する商品・サービスがありますがその与信を提供するクレジット会社は販売会社に対する調査義務があります。ざっくりいえば販売の際、重要事項についてうその説明などがあった場合、クレジット契約も解除でき、今まで支払った分についても返還を求めることができるというクレジット会社に対する厳しい規定です。

 銀行の社会的影響を考えればクレジット会社並みの規制をかけてもよいのではないかと思います。特にスルガ銀行のケースは新聞記事を読む限り、カボチャの馬車は単なる加盟店的なものではなく、積極的に売り込みに関与して、行員が融資書類の偽造にも積極的に関与した疑いも持たれています。銀行として、このような事業者と提携してローンを提供するという仕組み自体は正当な営業行為だとは思いますが、その事業者について不正なことをしていないか調査する義務は本来はあり、それを怠っているのですから(法的な責任はともかく)社会的責任は少なくともあるのではないでしょうか?

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泰明小学校(アルマーニ制服)の保護者に聞いた話

2018.03.14

 

 少し前、銀座の泰明小学校で生徒の制服をアルマーニ製になるということで話題になりました。この制服一式が場合によっては9万円近くなるという高額なことでも話題になりました。しかし、中央区の話ですし、もう自分の子供は高校生なので私は興味がなく、あまり記事も読んでいませんでした。うっすらな自分の印象としては見栄っ張りでワンマンな校長がアホなことをやりだして保護者も怒っているといったところでした。

 ところが先日たまたま泰明小学校にお子様を今年から通わせる保護者の方とお話する機会がありました。その方の話ですと基本的には、皆さん校長の方針には好意的なようです。理由は校長はきちんとした理念があって(後述します)それに従ってアルマーニの制服を選定したからです。加えて、そもそも泰明小学校は特認校です。特認校というのは中央区の中で希望した人だけが通う学校です。したがって、アルマーニ制服がぜいたくで嫌だと思う方は子供を通わせなければいいだけです。また、あまり豊かでない家庭の子が惨めな思いをするといったことはこのケースではありえません。

 また、このアルマーニの制服を選定するにあたっては思い付きではなく候補のお店を何点かあたって何年も検討した上のことのようです。このような小規模の小学校の制服ではロットも小さく商業ベースには乗りにくいのが実情です。その中でアルマーニ社だけが校長の理念に賛同して制服制定に協力してくれたそうです。したがって、単に派手好きで選んだわけではないようです。

 またこの校長は「泰明らしさ」「スクールアイデンティティ」として標準服の大切さを重視し、その理念に共鳴したアルマーニ社が制服を作成しました。校長の理念として「きちんと装うことの大切さ」「服育」といったものがそこにはあります。私はオーダーメードの白いワイシャツにうっかり蒙古タンメンのつゆを飛ばしてしまい、こっそりクリーニングに出そうとしたところを妻に目ざとく発見されて叱責されるような粗忽な人間です。そして、小学生はきちんと装うより、そんなことは気にせず泥まみれで夢中になって遊んでよという考えなので個人的にはあまりこの校長の考えには賛同しません。

 しかし、賛同する方がいても全然変だとは思いませんし、この校長の考え方は個人的には好きではないですが全然おかしいとは思いません。そもそもこの校長の考え方が嫌な方は泰明小学校を選択しなければいいだけで誰も困りません。それよりも日頃個性を大切に、ダイバーシティ(多様性)などと言いながらこのような少しでも異質なものが出てきたらすぐ叩くような日本の風潮が非常に嫌です。結局変な意味での同質性を強制するような空気があるのは気になりますね。

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不思議な社会保険料

2018.02.28

確定申告シーズンが到来しました。士業・コンサル業のように源泉徴収で事前に税金をとられている場合はわりと源泉徴収分が戻ってくるケースが多いので必死になって領収書をかき集めている方もいらっしゃるのではないかと思われます。みな税金のことは必死なのですが実ははるかに正直痛いのが社会保険です。消費税率が2019年10月から10%になり、いつもの通り消費税反対の声も声高く上がったと思うのですがあまり社会保険料値上げ反対の声は聞いたことがありません。

消費税導入前年の1988年から見てみると会社負担も含めた協会健保全国平均健康保険料率(8.3%→10.0%)、介護保険料率(0%→1.57%)、厚生年金(12.4%→18.3%)とざっくり20.7%から29.87%に実は10%程度上がっています。本当は2003年から賞与からも社会保険料を徴収するようになったので実質はそれ以上です。消費税が消費した金額に関しての10%ですが社会保険料はサラリーマンは収入に対する10%ですからかなり痛いと思います。よく一人社長の方などから法人税が高くなったので給料をあげて減らしたいですと相談があります。しかし、中小企業の場合法人税が減った以上に社会保険料が増えますし、個人所得税も上がるので単に金銭負担だけの問題でしたらお勧めはしていません。配偶者控除の件も働く女性支援で年収制限はありますが150万まで拡充される事にはなりましたが、一方で社会保険料が年収106万以上だとかかる(従業員501人以上の企業など多少条件あり)こととなり、実際にはマイナスの影響となっています。

このようになぜか消費税だけは特に野党を中心として大騒ぎとなるのですが、社会保険料などはあまり話題になりません。厚生年金は18.3%も負担している一方、厚労省はこれ以上料率は引き上げないと宣言しています。その結果としては普通に考えて自分が老人になっても払った分ほど年金は戻ってこないと覚悟しています。まあ、体が元気なうちは働くんだろうな(特に嫌いではないのでかまいませんが)と思っています。その一方で年金年齢の引き上げはあまり進みません。健康保険も低年収でハードワークに介護職の事を考えれば介護報酬の引き上げはともかく、高所得の医師の診療報酬も引き上げと方向は逆に向かっています。節税は出来ますが、一般的に節保険料はできないのでなんだかチマチマとした節税などはむなしく思うことはあります。

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HPリニューアルしました

2017.12.20

 このたび個人のホームページをリニューアルしました。今まで私の仕事で比較的規模の大きなグローバル企業様を対象にしていた業務と割と規模の小さな起業家さん向けの業務などが一つのHPに記載していたので非常に何をしている人間か分かりにくい面がありました。グローバル企業様向けの業務については法人「ハンズオン・CFO・パートナーズ」を設立してそちらに業務を移管してパートナーさんと一緒に取り組んでいきますが、個人としては主に起業家支援や業歴の比較的浅めの企業の成長の手助け、そして今後社会の大きなインフラである保育園・介護施設などの社会福祉法人の支援・監査に取り組んでいこうと思っています。

 約20年の会社員生活はグローバル企業が主でしたのでグローバル企業向けが得意な業務だと思いますが、起業家支援や非営利の仕事も約6年前の開業からコツコツとライフワークとしてやってきました。私の人生も後半にさしかかり、個人の事業は何か今後の社会に良き財産として残せたらと思っています。そういった意味では一人社長レベルから上場そして世界で通用するようなビジネスを日本から生み出していくようなお手伝いが出来れば非常に嬉しいです。そして皆が元気に働ける大事なインフラである保育園や介護士施設の支援についてもこれはまだまだ小さな活動ですが、良いものを残せたらと思います。

 余談ですが最近海外出張も多く、仕事も山積しそのせいかミスもポロポロとでて各方面でご迷惑をおかけして、少しめげていました。昨日は少し早めに切り上げてパーソナルトレーナーの寺井さんに鍛えていただき、帰りは四谷の菜坊さんで店主の方が各方面で集めてきた取れたての温野菜をツマミにワインを一杯だけだき、シメはその野菜のだしをリゾットにしてもらいました。体をスッキリさせて美味しいいものを食べて帰ると元気がでますね。

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大学の教養課程なんていらない

2017.07.24

「教養としての世界史」の画像検索結果

先日木村凌二氏の「教養としての世界史の読み方」という本を読みました。ここでの話は本の内容ではなく木村氏が前文でおっしゃられていることです。最近世界史や日本史について書かれた本は比較的経営者やビジネスマンの間で静かなブームになっていますが実は歴史家(「実証史学の訓練を受けた狭義の研究者」)によって書かれた本がほとんどないということです。一方で早稲田の国際教養学部において語学力はあるが「教養」に乏しい学生に危機感を抱かれています。「愚者は経験に学び賢者が歴史に学ぶ」(ドイツの鉄血首相ビスマルク)と言われるように例えば歴史、特に世界史などは国際的に活躍する人間の教養として非常に大切だと私は思います。

一方で少し前に冨山和彦氏が文科省の有識者会議でL型大学とG型大学に分け、旧帝国大学と早慶などの一流大学以外はアカデミックな教育は止め職業訓練に専念すべきという議論を提起して話題になりました。どちらかというと「Fランクの大学なんていらない!」などL型大学の議論の方が話題になりましたが、私はG型の方を取り上げたいと思います。実は日本に本当のG型大学はあるのかということです。大学では1~2年生では大部分が一般教養と語学で、少し専門科目を必修として行う形態です。全く模範的な大学生ではなかった自分が申し上げるのはやや僭越かもしれませんが、私にとって一般教養と語学は全く使い物にならないものがほとんどでした。例えば世界史的な授業があっても「ササン朝ペルシャにおけるネストリウム派キリスト教徒」のような非常に狭い範囲かつマニアックな内容(イメージ例で実際に存在しているかは問わないでください)を大教室で教授が一方的に話すだけです。試験で問われる能力は如何に自分で咀嚼して自分なりの考えをきちんと持っているかではなく、いかに教授の見地を忖度して答案用紙に書くかという「忖度能力」が問われるだけです。少し戻って木村氏のおっしゃることを考えると、かなりの数の大学教授の方が狭い自分の領域にこもってそこから出て行こうとしない現実が伺われます。木村氏のように専門がローマ帝国史であっても、そこから世界史を俯瞰してどのような影響を与えたか、世界史での位置づけ考えていくようなアプローチであれば歴史を学ぶという意味があります。

まとめると、現状のような教授が狭い自分の専門領域を一方的に話すだけの一般教養は全くの時間の無駄だと思います。これはL型大学だけでなく、G型においても同様です。一定の領域が専門でその部分を中心に授業を行うのは仕方ないとは思うのですが、全体としての学問の中での位置づけをはっきりさせ、学生にその意義や意味を議論させて自分の頭で考えてもらわないと身に付きません。そして、自分の学説以外は一切排斥するような心の狭い態度は教育者として失格だと思います。このような仕組みができないとG型も絵に書いた餅になりそうです。

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豊田真由子氏の暴言はエリートの傲慢か?

2017.06.26

toyoda

確かに豊田真由子氏の暴言の一部始終の録音は衝撃的でしたが、桜蔭→東大法学部(ハーバード卒)→厚労省→国会議員といったエリートゆえの傲慢といった話の展開には違和感を覚えます。どちらかというと弁護士の住田裕子氏がおっしゃていた「でも、私から言わせたら超エリートではなくて、準エリートぐらいの人ですね。厚労省に(同期は女性)1人ですけど、本当にそこに入りたかったのか、本当に福祉をやりたかったのか私は疑問です。その後の道のりを見ても、次官コースの超エリートではない。どっかで物足りないものがあったので、政界に転身したのではと、同じ東大だから思うんですけど。」「彼女としては、順風満帆に見えつつも、内心でいろんなたまりにたまったものがあって、選挙のときのも必死なのでドブ板やって、だからちょっとしたミスでもああやって八つ当たりしてるんだなって思いました」という方が本質を表していると思います。

ある程度日本の場合こういった「偏差値的単線価値観」がどこかしこにあって、それにとらわれすぎると不幸になってしまう気がします。「偏差値的単線価値観」でいうと大学は東大>早慶上智>GMARCH>日東駒専・・・>Fランク、東大内でも文系は文I>文II>文III、官庁も財務・経産・総務・警察>厚労・国土交通>その他、国家公務員I種合格で入省しても事務次官>局長どまり>審議官どまり>課長どまり、国会議員になっても総理大臣→大臣→副大臣→政務官→平でしょう。彼女の場合最初の2つでは最高の序列ではありましたが(東大&文I)官庁では第2ランク、おそらく入省後も、事務次官は無理で局長レベルも難しく国会議員の道を選んだのではないかというのが住田氏の見解でしょう。「偏差値的単線価値観」にとらわれればトップ中のトップの財務事務次官や経産事務次官以外はみな敗者でどこか物足りないものを持って生きていかねばなりません。

こういった「偏差値的単線価値観」は別に東大卒だけが持っているわけではありません。日本ではいたるところに存在しています。例えば証券業界でもざっくりいうと野村>大和・日興など大手>準大手・・・などがありますし、どの企業でも社長>役員>部長>課長・・・などがあります。以前ある準大手の証券会社の役員の方と新しい事業方針の話をしていましたが「それは大手さんがまだやっていないのでうちではまだ早い・・・」のような話がでてきていました。別にこういった「偏差値的単線価値観」を抹殺する必要はないのですが、それにとらわれるのは不幸だと思います。私はどうなのかというと元からこのような「偏差値的単線価値観」からは離れていた気がしますが、実はとらわれていたことに気づきました。外資系にいた際は年収にとらわれていて年収が高い=能力が高いと年収をあげようとあくせくして、仲間うちでは「年収の高い方が偉い」みたいな価値観がかつてあった気がします。私自身は当時からお金のかからない人間で高級車にも乗っていないし、家は練馬で安住し、別荘なども求めませんでしたが年棒交渉で年収が上がらないとイライラしていました。

こういった競争が空しくなったことも一つの独立の要因ではありましたが、「偏差値的単線価値観」からは完全な落伍者でしょう。しかし、「偏差値的単線価値観」からはほぼ逃れて精神的には安定し豊かになった気がします。家族にも「いいパパになった」といわれました。当然売上を上げようとか利益をもっと上げようという考えはありますし、多少仲間と比べることはありますが、売上が多い少ないといった「偏差値的単線価値観」だけでは判断していません。自分の物差しが「お客様や仲間をどれだけ幸せにしたか?」「お客様の社長だけでなく社員も幸せ」「社会的貢献はどれだけある」「家族が幸せ」など複線的でかつ偏差値的でないものになったと言えると思います。

組織の中でもある程度の序列があるのは仕方がないことなのですが、きちんとしたレベルの仕事をしている方は尊重されるような仕組みが大切でしょう。例えば優秀な研究者を管理職としては優遇しないがフェローなど称号を授けて尊重するなどは一つの例だと思います。個人の心がけとしても「偏差値的単線価値観」だけでなく「複線的かつ多様な価値観」を持つことが大切でしょう。豊田真由子氏も経歴を見る限り優秀な方であったとは思われますから「偏差値的単線価値観」から脱出して多様な価値観をもって国会議員をされていればその能力を社会のために発揮できたに違いなく残念なことだと思われます。

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どこかピントがずれている少子化対策

2017.06.16

nersary

待機児童解消は5兆円以上の経済効果があると野村総合研究所が試算したようです。働く保護者が増え消費を喚起するからだそうです。今朝の日本経済新聞の記事でも育児支援はコストではなく将来の投資であると載っていました。基本的な考えは賛成です。私事ですが我が家はほぼ子育ては終盤で直接恩恵を受けることはないとは思いますが、日本の将来を考えれば何かしらの負担をすることは構いません。

しかし、こども保険のように単にお金を配るやり方は賛成出来ません。単なる子育て支援というよりも女性、特に働く女性が安心して妊娠、出産、育児ができる環境をしっかり整えるということが根本かと思います。今は比較的所得が低い層は認定保育園も入りやすいし、補助もあってほぼ無料のケースが多いようです。しかし、所得中間層以上のキャリアのある程度高い女性は認定保育園は入れにくいし、かつ地位に伴って仕事のプレッシャーも強く夜間の保育も頼まねばならず、月10万以上の負担の方も少なからずいます。こういった層に月5千円~2万5千円程度のお金を配っても、ないよりはましですが所詮焼け石に水だと思います。介護施設も同様ですがすべて制度は低所得層には非常に手厚いのですが、そこから中間層(含む低中間層)からいきなり負担や手間が格段に大きくなり非常に厳しい制度になります。子育て費用についてすべて無料というのは今の日本の財政を考えれば難しく「ある程度」所得に応じて負担は必要でしょう。ただし。これは「ある程度」であって、現在のようにいきなりある一定以上の所得から月10万以上の負担かつ遠方まで子供を送迎が必要といった過酷な環境は改善する必要があります。

そのため、受益者である子育て世代だけでなく供給者の保育施設側にも配分が必要だと思われます。私は、社会福祉法人の監事などをやっていますが、自治体の方針は「カツカツで運営しなさい」です。収入はほぼ定員充足率100%に近くないと赤字に転落する程度に制限されています。私もたまに現場を見学しますが自由奔放な幼児をたった数人で見なければならない保育士というのは相当重労働だというのは見ただけでもよくわかります。それなのに低収入で経験を積んでもあまり給料が上がらないというのは気の毒ですが逆に経営側から見ると経営がカツカツで昇給ができる状況でないのはわかります。

まとめると「少子化対策に対する効率的なお金の使い方」をしてくれるならば負担するのは全く異存はありません。しかし、砂漠に水を撒くような現状のようなやり方では賛成はできないですね。

 

息苦しいあら捜し社会と岩盤規制

2017.06.09

kakei

新聞やテレビを見てうんざりするのは加計学園問題です。主な問題が官邸が圧力をかけたとか、告発者の私生活だとかになっておりいわゆる「あら捜し」になっているからでしょう。私は獣医学部が獣医師会の反対で50年設立ができなかったという「不作為」の方がよほど根本的な問題のような気がします。獣医師会が平成22年8月に出した加計学園の認可に対する反対書を読んだのですが適切な需給政策と質の確保の観点から反対という趣旨の根拠が(私が頭悪いせいかもしれませんが)全く意味が分かりませんでした。私なりの乱暴な解釈をすると「どうせ獣医学部を増やしても地味でかつ不足している家畜の獣医や地方公務員ではなく、都会で儲かる小動物のペット獣医に行ってしまうので無駄だし、せっかく今儲けているペット獣医が競争厳しくなるのは嫌だ」ということなのでしょう。同じことが医学部にもいえ、確か国際医療福祉大学は38年ぶりでこれも医師会の反対で設立が危ぶまれていました。医師も地方や労働条件の厳しい小児科や産科は人気がなく偏在が激しいです。このような業界団体と政治家と役所が鉄の三角形を組んでいる、そしてその結果困っている人々がいるそういった分野について国会で議論してほしいです。加計学園設立ではざっくりいうと困るのは四国中国でのペット獣医くらいで特に困る人はあまりいないと思います。

民主党も同じ安倍政権を攻撃するならばこんな国全体から見れば些細な事項ではなく、逆に岩盤規制を温存している「不作為」を攻撃して、「自分たちならこうする」といった対案をきっちり出せば心ある人は支持をすると思うのですが。

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高齢者優遇そろそろ限界では?

2017.05.29

roujinn

 

朝の日本経済新聞で厚労族の重鎮の尾辻秀久氏が「高齢者優遇」ということに対して反論しています。骨子は以下だと思います。1)国民負担率を考えるともともとの負担が低かった。高齢化社会を考えれば消費税を20%まで上げて給付を厚くすべき2)日本人は技術料のようなものにお金を払うのは嫌いだ。医者は薬代で設けないと取り分がなくなる 3)こども保険については加入者が払った保険料が戻ってくるのが保険であり子供を産まない人から保険料を取るのは保険とは言わない。

1)について、消費税20%が適正かどうかはともかく、もともとの負担が低かったというのはうなずけます。さっくり今70歳の方は払った保険料の5倍を受け取っています。ただ、国民負担率という考え方は私にはなんとなく納得感のない気持ちの悪い数字です。よくヨーロッパは高負担高福祉で米国は低負担低福祉、日本はどちらの道を選ぶのかとよく言われます。基本的には税負担を国民所得でわったもので日本は43.9%、アメリカは32.5%、ドイツは52.6%でスウェーデンは55.7%です。確かに日本はヨーロッパと米国の中間です。この分子のうち、消費税以外は「所得」x掛け算のものが多いので分母、分子に両方数字が入っているのですが、国民所得の計算からは消費税は完全に除かれます。例えば国民所得の計算で108円(税抜100円)で仕入れたものを216円(税抜200円)で販売した場合、カウントする部分は108円(216円-108円)ではなく、税抜きの100円(200円-100円)です。要するにこの式だと消費税など間接税の高い国の国民負担率が自動的に高くなりやすい式のように感じます。まとめると日本の負担率が高いか低いかは今一つ不明でそれをもとに現在の給付維持せよというのはいまひとつ納得はいきません。

3)については「保険料」を払っても子供を産まないと思っている方、私のようにほぼ子育てを終えようとしている人は保険金が返ってくることはありません。したがってそれは「保険」ではないというご意見はその通りだと思います。ただ、「保険」という名称は気に食わないですが何かしら我々の未来の世代に対しバラマキではなく効率的に使われるならばお金を納めることは個人としては納得しています。

2)は「日本人は技術料に対しお金を払うのを嫌がる」ことは確かですがことと健康と命がかかっている医療は例外で医療費の「技術料」を見て高いとクレームをつける人はほとんどいないと思います。いまさら医師に薬価差益で儲けてもらう必要は全く感じません。いろいろな士業や師業の中で医師の世界が規制に守られた最後の聖域な気はします。確かに生命と健康を守る大切なお仕事なので規制はある程度必要だと思いますが、日本医師会と族議員のごり押し的な政治力はうんざりするものはあります。

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なぜ起業する人は日本で少ないか?

2017.05.22

kigyouka

今朝の日本経済新聞一面で「走り出す起業家4億人」という連載が始まりました。特に目新しい話ではないですがやはり具体的な数字を並べると非常に衝撃的です。中国やインドでは1億人程度の起業家が誕生しているのに対し、日本ではたったの350万人です。2ケタ違います。開業率も5%と欧米諸国の10%台に比べ圧倒的に低いです。どんどん変化の速い時代、小回りの利く起業家がどんどん生まれていかないと国の成長は鈍くなっていきます。特に少子高齢化の日本では起業家の誕生は必須だと思われます。

よく日本は起業するにあたっての手続きが面倒なので簡素化する必要があり、それが阻害要因になっているという話を聞きます。確かに法人設立に当たっては法務局、税務署、地方自治体、社会保険事務所、業種によっては様々な許認可など面倒な点はありますが、ほとんど専門家が代行してくれますし、結構競争が激しくその報酬もどんどん下がっています。創業資金についてですが、常識的にまともな事業計画が書ければ政策金融公庫や自治体の創業資金は好意的に取り扱ってくれハードルはさほど高くはありません。創業事業計画の作成のサポートも起業に強い税理士や財務系の専門家が十分サポートしてくれます。ということで基本的な「起業」のハードルはさほど高くはないと思います。

私の感覚としてはなんとなく起業して成功している人に対し社会が冷たいということは挙げられます。先日ある女優がIT企業の創業者と結婚するというニュースが出ましたが、そこでクローズアップされたのはその創業者の隠し子が何人だとかいわゆる「起業して成功=胡散臭い人物」という方程式を当てはめ気味です。広告費の関係もあるかもしれませんが有名な大企業の経営者でもバツ4で手当たり次第に女性に手を出すことで有名な方とかいますが、とりあえずそのような方が叩かれることはあまりありません。学校でも最近社会人をよんで講演してもらうなど職業教育なども始まりましたが、日本の大学教授とかサラリーマン社長など、ほぼ着実にレールの上をはしって成功した「きちんとした人」が選ばれており、地元の起業家が呼ばれることはほとんどありません。処方箋は見つかりませんが、やはり教育の中で起業家教育というのは入れてもいいのではないかと思います。このあたりから地道に始めていくのが実は急がば回れかなと思っています。

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